元ファンドマネジャーが振り返る「投資判断をしくじる確率が高い」

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元ファンドマネジャーが振り返る「投資判断をしくじる確率が高い」タイミングと「目に見えないもやもやのお金的な正体」とは

大学生のアキさん、高校生のルミさん、2人の娘を持つ投資家・文筆家の澤田信之さん。「予測を業としてきた自分にも、彼女たちがこれからどのような時代を生きていくのかまったく判断がつかない」と語る澤田さんが、書籍を読み解きながら「生きる視点」を伝えるメッセージ書評です。【父から娘へ書評#6『『下町サイキック』吉本ばなな】「下町」+「サイキック」、どう考えても確実に面白いテーマアキ、ルミ、長い夏休みをどう過ごしていますか。アキはもう慣れてるだろうけど、ルミはこれまで部活とかマネージャーとかで一度も長い休みがなかったから、初めての経験だね。ひと夏どんな過ごし方をするのかな。バイトは学校にばれないようにね、今の大学入試はAOが増えて高校の成績も大事だから。今回2人に紹介するのは、驚くなかれ既にベテランの小説家でいらっしゃる吉本ばななさんの『下町サイキック』です。吉本ばななさんは日本を代表する知の巨人である吉本隆明の娘さんで、僕の大学時代に「キッチン」や「TSUGUMI」という初期作群が一世を風靡しました。数十年ぶりに著作に触れることができて幸せです。目に見えないモノって、信じる?本作はタイトルの通り、下町に住むサイキック、とはいっても不浄なもやもやが見える程度の女の子が主人公の物語です。サイキック、というとマーベルの超人的なヒロインを想像しちゃうけど、何かを解決するような能力ではありません。それでも、できれば避けたいけれど人生の後半でやってくるだろうさまざまな事柄を、周りの協力でそれなりにいなしていく様子が、方法論的なストーリーとして展開されていきます。そして周りに出てくる人々がCool!!おじさんやお母さんみたいな人になりたい、と同世代の僕は思います。主人公サヤカは冒頭にこう言います。「どうして人は色とかお金とかに目がくらむの? だって今までの暮らしが普通に幸せだったら、それ以上つけたすべきものはないはずじゃない?」そして予想の通り、親の離婚、別居親のロマンス、自殺未遂、仮面の告白、親友(おじさんだけど)の結婚、ED、ペットロスなど、古くからあるものや現代的なものまで、いろんな小さな事件が続きます。不浄なもやもや、その正体は?金融目線で言うとすごくストレートで普段の生活の中で目に見えないものは見ない、と決めてもやもやを無視する方法もあります。だけどこの主人公は、サイキックであることでそのもやもやに気づいてしまいます。気づいてからどうするか決める方法もありますが、そこはさすがに下町気質、それに寄り添って、周りの協力を得て、自分なりの解決に向かうのです。その際に鍵になっているのが先ほど出てきたおじさん(知恵の象徴)とかお母さん(論理の象徴)で、それぞれが自分なりの解決に貢献してくれます。犬と彼氏は何の象徴でしょうか、2人も考えてみてください。さて、僕の専門は金融です。この「不浄なもやもやしたもの」、これが僕には「リスク」に見えます。金融の世界では価格変動そのものをリスクとみなしますが、人生においてはライフプランに対する下方の不確実性がリスクなのでしょう。未来のことはわからない、とリスクを無視する方法もありますが、これはいつか発生する事柄だ、と考えて、いつ起こるかわからないけれど準備する方法もあります。リスクには2つの種類があります。1つは自分に起因するリスク、もう1つが他人に起因するリスクです。自分に起因するリスクは対応が難しくありません。自分がどんな間違いをしやすいか癖を見つけましょう。例えば僕はお酒を飲んで深夜に投資判断すると損をする確率が高いので、気分が盛り上がっていても翌日まで売買の執行をしないことにしています。一方で難しいのが他人に起因するリスクです。よーく見てみるともやもやが感じ取れることもありますが、レアです。世の中のほとんどは普通の人で構成されていますが、中には平気で嘘をつく人、人を騙そうとする人、陰謀論で全てを片付けようとする人が混ざっています。見た目やお金に惑わされず、冷静に「もやもや」を判断するには授業がオンライン対応に、会社が在宅可にと、人と接する機会を減らしても生きていけるようになりました。それでも小さな失敗を繰り返しながら、諦めず人と接してゆくのが大事です。他人に起因するリスクを判断するには、他人と接する経験が重要だからです。昔は書を捨てて町に出よう、と言われましたが、2人にはスマホを持って街に出よう、と言いたいです。人生って、冒険とか職業的成功とか、自己目標達成とか、世界一周旅行とか趣味に没頭とか、いろんなタイプの経験を積むことができるんだけど、この「判断するための経験」は人との出会いで磨かれます。だから、サイキックではない2人には、人と会い、話し、何かを感じ取る機会を無限に増やす努力をどうか放棄しないでほしいんだ。ばななさんは恐らく生まれ持った才能に加えて、誰かとの出会いと対話を無限に繰り返し続けてきたからこそ、人物の内面を描き出す精緻さに深みが増しているのだと思います。表現そのものは若いころのままのみずみずしさなのにね、無限の命みたいだね。続編があることを心から望みます。そこでもっと読みたかったこととは本作は書籍化に際して「妊活」の章が追加され、一応の完結がなされています。しかし、一読者として「サイキックシリーズ」のように続きが読みたい作品です。というのも、本作ではお金に関するもやもやがあまり登場しませんでした。ばななさんが「それは対処可能でしょ」と思ってらっしゃるのかもしれませんが、それが専門の僕には続編があるんじゃないかな、と期待させられてもいます。2人はこの作品を読んでどんな風に思ったかな。僕と違って主人公に感情移入しながら読めるのは羨ましいと思う反面、これから2人がどんなリスクに出会ってしまうのかちょっと心配でもあります。次会う時に話せたら嬉しいな。それじゃ、チチより『下町サイキック』吉本ばなな・著 1,870円(10%税込)/河出書房新社アマゾンはこちら

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