最近、親御さんの背中が小さくなったな、と感じることはありませんか? ふとした瞬間に「もし今、親が倒れたら……」と想像して怖くなってしまうこと、ありますよね。いざという時、医師から「延命治療をしますか?」と問われたら、私たちは冷静に答えられるでしょうか。親の命の期限を、自分の言葉で決める。それはあまりにも重く、辛い決断です。「人生100年時代における家族に頼らないおひとりさまの終活」を支援してきた司法書士の太田垣章子氏は、自身の経験から「人生の最期の決断を、家族にさせてはいけない」と語ります。本記事では「終活の前に40代から準備しておくこと」をまとめた太田垣氏の著書から、遺された側の経験談や、“今のうちからできること”をご紹介します。※本記事は書籍『「最後は誰もがおひとりさま」のリスク33』(太田垣章子:著/ポプラ社 )から一部抜粋・編集したものですいざという時、どこまでの治療を受けるか決めた方がいい?日本人はとかく「お金のことを口にするのは、はしたない」「死ぬ時のことを話すのは、縁起が悪い」そう刷り込まれてきた気がします。それが「老後2000万円問題」を発端に、国民一人ひとりがそれぞれ自分の老後のお金を貯めなければならないということを自覚し始め、それに関連して「投資」という単語もかなり一般的になりましたね。同時に「終活」という言葉も、かなり浸透したと思います。それでもまだ、いずれ自分も認知症になったら……と弱ってくることを受け入れられない人が多いのも、先の刷り込みの話からすると、仕方がないことかもしれません。ある日突然、植物状態になった父。家族の判断は私の父は、「自分は死なない」「自分はボケない」と豪語していました。父は、確かに体力がありました。鍛錬もしていました。10階くらいまでは若い頃からエレベーターを使いませんし、孫を抱くと胸筋が発達して家族を驚かせたくらいです。父が自分は「死なない」と言うと、あり得ないと分かっていても「もしかして……」と思わせるくらい、生命力がありました。そんな父にも、ある日「突然」がやって来ました。40年ぶりに旧友と自宅で囲碁を打つと、父はわくわくしながら昼食をとりました。しっかり食べて、そろそろその友人が到着する、という段階で父はソファでうたた寝です。猛烈商社マンだった父は、どんな場所でも一瞬で爆睡し、「だから闘える」と自慢していたほどです。そのため母もいつものことと、気にしていませんでした。待ち焦がれたお相手が来られた時、父は目を覚ましませんでした。そこで初めて母が異変に気が付きます。せっかくのお客様は家にも上げてもらえず、そのまま心配な思いを抱えて帰路へ。父は救急車で病院へ運ばれました。診断は脳幹梗塞。即死の方が多い中、一命は取り留めたものの、父の脳は真っ黒の状態に。いわゆる植物状態になってしまいました。ここで私たち家族は医師に問われます。「脳はもう何も感じない状態です。脳が復活することはありません。コミュニケーションを取ることもできません。このまま何も治療しなければ、2、3日だと思います。どうしますか?」私はもう回復しないなら、このまま逝かせてあげたいと思いました。本人も楽しいとか嬉しいといった感情を、抱くことができません。機械に繫がれ、ただ死んでいないだけの状態。それはあまりに辛いだろうと思ったからです。姉は、機械に動かされているとしても、生きていてほしい、そう言いました。本人の予めの意思表明はなく、家族で意見が分かれると、医師は生かす方向にしか動けません。責任を問われるのが、怖いからです。そうして父の植物状態生活は、始まりました。病室に行くと、父はいろいろなものに繫がっています。機械の音が聞こえ、もちろん父に触れても、声をかけても反応はありません。ただ機械のしゅー、しゅーっという音が聞こえてきます。医師は「本人は何も感じていない」と言いますが、父の顔は険しいものでした。それを見るたびに、父を生かすことが正解だったのか、という思いが頭から離れませんでした。3ヶ月くらい経った頃だと思います。母が「これがいつまで続くんやろ……」そうつぶやいたのです。ゴールが見えないため、不安になるのは分かります。でもそれだけは言ってほしくない言葉でした。生かしてしまったのは、他でもない、私たちなのですから。▶「苦しそうな顔が忘れられない…」父の最期と、娘の後悔<!--nextpage-->「聞き続ければ良かった」父の最期と、娘の後悔80歳を超えて、母は1時間かけて病院に通います。「タクシーを使って」と言っても、もったいないと電車とバスを乗り継ぎます。どちらかと言えば、我が家は富裕層に入る家庭だと思います。それでも無駄なお金を使うことに慣れていないのでしょう。暑い日など母の身体が逆に心配になりますが、それでも頑なにタクシーは利用しませんでした。そして病室でただ横たわっている父と、会話できるわけでもなく、手を握り返してくれるわけでもなく、僅かな時間を共にして、そしてまたバスと電車を乗り継いで、1時間かけて家に戻ってくるのです。「機械の音しか聞こえないから、気が滅入る……」母がそう言うので、もう病院に毎日行かなくてもいいよ、百貨店にでも行って楽しんできたら、と言うのですが「ご近所の人に、旦那が入院しているのに奥さんは遊んでばかりと思われる」とのことで……。そんなこと誰も思わないだろうに、世代もあるのでしょうが母は自分が勝手に抱いた呪縛を拭い去れず、老体に鞭を打って病院に通いました。いったいいつまでこの状態が続くのか、そう気が滅入っても仕方がないことだと思いました。病院の医師に聞いても、同じような回答でした。「ご家族の大半は、判断を迫られると何とかしてください、と嘆願されます。ただ皆さん、2、3ヶ月経つと、いったいこれがいつまで続くのかと尋ねられます。保険が利く部分もあるとはいえ、場合によっては経済的な事情もでてくると思います。どのような方法であれ、コミュニケーションが取れないままだとご家族が辛くなってしまうことも当然かと思います。ただいったん生命維持の方向に進んでしまうと、それを外すことは殺人となってしまいますので、後はご本人の生命力に任せるしかありません。長い方だと何年も同じ状態ということもあり得ます。高齢期に奇跡は起こりません。難しい問題ですよね」本人から「こうしてほしい」と言われたことがない状態で、「このまま逝かせてください」と言える家族がどれだけいるでしょうか?悲しいけれど、常に「必ずこうしてくれ」と言われ続けていたら、それを尊重しよう、と諦められるのではないでしょうか。父はその後1年ほど、同じ状態でした。入院するまで本当に元気な人だったので、このまま何年もこの状態が続くのかな、そう思う頃、二度目の脳幹梗塞を起こして息を引き取りました。「何も感じていませんよ」医師は同じ言葉を繰り返しましたが、この期間、父は本当に険しく苦しそうな顔でした。でも亡くなった時の顔が、穏やかで解き放たれたような顔だったので、私は父が亡くなった寂しさより、「やっと機械から解放されて良かったね」とホッとした思いが強かったのを覚えています。89歳という高齢で亡くなった父。あの時、どういう判断が良かったのか、私には未だに答えが見えません。ただ機械に繫がれた父の苦しそうな顔が忘れられず、答えてくれなくても最期をどうしたいか聞き続ければ良かったと思っています。遺された人たちが迷ってしまうケースは意外と多い同じような経験をした友達がいます。彼女のお父さんも、同じように反応もない状態での入院でした。何を言っても理解できないし、脳は何も分からない状態だと医師から説明を受けました。年老いた母、そして姉と彼女が入れ替わり病院に通いました。経済的な負担も大きかったと言います。医師には「何とか助けてください」と言ったものの、肉体的にも経済的にも負担になっていきました。ある時、彼女は追い詰められて思いを口にします。「お父ちゃん、そろそろ逝ってくれんか」そう言わざるを得ないほど、自分の人生を必死に生きている世代の負担は計り知れないものでした。医師は何も理解できないと言ったけれど、偶然にもお父さんはその1週間後にお亡くなりになりました。未だに彼女は、言葉にしてしまったことを後悔しています。彼女の言葉でお父さんが亡くなったわけではない、そう言っても、彼女の背負った十字架を取り除くことはできません。生きるってどういうこと? を考え自分の最期は自分で決めて託しておく人生の最期を、自分ではない誰かに判断させるということは、本当に残酷なことだと思います。瀕死の状態の家族に、誰が「もう(治療を)止めてください」と言えるでしょうか。気持ち的には奇跡を祈るような思いで「何とかお願いします」と言ってしまうのが自然なことではありませんか?ただその先のことは、経験した者しか分かりません。どちらにしても大変な決断です。だからこそその決断を、家族にさせてはいけないのです。どちらを選択しても、家族には後悔しか残りません。自分の人生、自分で決めたくないですか?●胃ろうをするかどうか
●人工心肺を使うかどうか
●脳が判断できなくなったらどうしたいのか
●コミュニケーションが取れなくなったらどうなのかきっとこういった問いは無数にあります。大切な家族に判断させて、その人の先の人生に十字架を背負わせたいですか? 子どもがいない人なら、長年会ってもいない甥っ子や姪っ子が判断を迫られることになります。彼らはどうやってあなたの意思を汲むことができるでしょうか。普段から死生観を聞いている人だからこそ、まだ判断ができるのです。ここ数年、話もしていないという状況なら、判断のしようもないと思います。日本には、公益財団法人日本尊厳死協会というものがあり、この団体では、病気が治る見込みがなく死期が迫ってきた時、自分自身がどうしたいかを選ぶ権利を認めてもらう活動を行っています。協会では、「リビング・ウイル」といって、自身の意思を書面に残しておくことを勧めていますからぜひHPを見てみてください。あなたにとって、生きるってどういうことですか? そこから目を背けずに、決めましょう。そしてそれを身近な家族に、きちんと伝えておきましょう。延々と伝え続けましょう。伝える人がいなければ、きちんとした形にしておきましょう。命を繫ぎ止めることはできても、残念ながら高齢期になると病気になる前の生活には戻れません。それでも生きていたい、という人もいるでしょう。一方でベッドの上でしんどく辛い日が続くだけ、そう思う人もいるかもしれません。人それぞれです。自分の人生は、自分で決める。今はもうそんな時代なのです。■著者略歴:太田垣章子(おおたがき・あやこ)
司法書士、賃貸不動産経営管理士、合同会社あなたの隣り代表社員。30歳で生後6か月の長男を抱えて離婚、働きながら6年の勉強を経て2001年に司法書士試験合格。2006年に独立、2012年に事務所を東京へ移転し、2024年5月よりコンサルティングと情報発信を軸に現職へ。家主側の訴訟代理人として家賃滞納の明け渡し手続きを延べ3,000件近く担当し、現場重視で滞納者の再出発にも伴走する“賃貸トラブル解決のパイオニア”として知られる。「住まいは生きる基盤」を掲げ、“人生100年時代における家族に頼らないおひとりさまの終活”を提言。著書に『家賃滞納という貧困』、『老後に住める家がない!』、『不動産大異変』、『あなたが独りで倒れて困ること30』(すべてポプラ社)、『死に方のダンドリ』(共著、ポプラ社)などがある。◆関連記事◆
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OTONA SALONE



「延命はしない」家族全員一致です。
意識も無く、回復の見込みも無いのに管だらけになって植物状態では誰も幸せでは無いと思うのだけれども、延命装置を切る人の気持ちになると複雑です。